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3話 愛憎と嫉妬、向けられた悪意

last update Last Updated: 2026-01-23 16:00:49

内線電話が鳴り、湊がその電話に出る声がする。

「あぁ、すぐに行く」

そう言う声でハッとした私は彼の部屋の前から逃げるように廊下の反対側へ身を寄せる。湊は勢いよく扉を開け、スタスタと歩いて行く。廊下に居た私の存在など、気付きもしないで。扉はきちんと閉められていない。中に誰か居るのは確かだった。誰と話していたんだろう。そう思いながら私は湊の部屋の扉を開けた。

中に居たのは愛沢くるみ。

やっぱりと言うべきか、その存在に私はほんの少し呆れる。

「……さっきの話、どういう意味なの?」

私を視認した愛沢くるみは最初、私に対して怯えるような視線を投げて来ていた。けれど私がどういう意味かを聞いた事で、彼女にも理解が出来たのだろう。その瞳から怯えが消え、表情が滑り落ち、冷たく私を見る。

「……知ってる?」

愛沢くるみはそう言いながら少し笑う。

「颯太も湊も、最初から……愛していたのは私だけなの」

その瞳には私を突き刺す程の強く冷たい光が宿っている。

(彼女の瞳に宿るのは……恨み、と……嫉妬……?)

剥き出しの感情を私に隠さないで、そのまま見せるのはこれが初めてなんじゃないだろうか。

「子供の頃からずっと、あなたは光みたいにみんなに愛されてたわよね……」

愛沢くるみがそう言いながら湊のデスクの上に飾られている花を撫でる。

「私は?」

そう言ってキッと私を睨み、言う。

「私はただの家政婦の娘。その存在を見て貰う資格すら、無かった……」

愛沢くるみが花瓶から花を抜き出す。

「それなのに……私が一番大切にしていた男まで、あなたに奪われるなんて……」

愛沢くるみは私に手に持っていた花を投げ付ける。

「何でなのよ!!」

花が私に当たり、花弁が散る。愛沢くるみが笑い出す。

「だからね、奪ってあげる事にしたの。あなたの持っているものぜ~んぶ」

愛沢くるみはそう言いながら私に近付き、私の目の前まで来る。

「あなたの誇り……あなたの才能……あなたの仕事……あなたの愛……」

愛沢くるみが私の顎をその手で持ち上げる。

「あなたの子供もね!」

愛沢くるみはそう言いながら私の顔に自分の顔を近付けて言う。

「泥の中に突き落として、私よりも惨めに生きるの。日の当たらない場所で生きる苦しさを思い知れば良いんだわ!」

愛沢くるみは顔を少し離して言う。

「あの事故……どうして颯太が死ななければいけなかったのよ! あなたが死ねば良かったのよ、そうすれば今頃、颯太も湊も私の傍に居て、二人とも私を愛してくれてたのに!」

愛沢くるみは掴んでいた私の顎を放り出すように手を離す。

「全部あなたが壊したの。だから私はその報いをあなたに受けさせている。今のあなたの悲劇は全て身から出た錆だわ」

そう言いながら愛沢くるみがまた私に顔を近付ける。

「どう?悲劇の味は?」

そう言いながら微笑む愛沢くるみのその微笑みは歪んで見えた。今までこんな悪意を私に剥き出しにした事は無かった。その瞳の冷酷さに背筋が凍る。

愛沢くるみは確かに私の家の家政婦の娘だった。それは愛沢くるみの父親が我が家と取引のある家の人間との間に事故を起こし亡くなってしまった事に端を発している。その事故のせいで主を失くした愛沢家をうちで引き取る形でくるみの母親には家政婦として働いて貰う事になったのだ。

けれど私は年が同じだったくるみの事を使用人の娘として扱った事は無かった。父親にくるみが私と同じ学校に行けるよう頼み、制服や学用品なども用意し、くるみがそれを引け目に感じないように、いつも何か適当な理由を付けて、くるみに渡していた。くるみの母親が心労から倒れてしまった時も、きちんとした治療が受けられるようにと、私の父が手を回した。

私にとってくるみは一番近くに居る友人であった筈なのに。親友とまでは言えなくとも。

けれど今、目の前のくるみを見れば分かる。

私のして来た事の全てがくるみとっては「上から目線の施し」以外のなにものでも無かったのだ。私が必死で「対等であろう」として来た事、その一つ一つが、皮肉な事にくるみの中の嫉妬心や恨みの心を刺激して、それが怨念へと変化し、今まさにそれが燃え上がっているのだろう。

これ以上は聞いていられない。これ以上は聞くに堪えない。握り締めた手が、指が、爪が手の平に食い込んで、血を流している。私は思わず、その手を振り上げ、愛沢くるみの頬へその手が振り下ろされる、その瞬間――

                  

扉が開いた。

そこに立っていたのは湊だった。

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